Concept

往年の名車をYANASE Qualityで蘇らせます。
ヤナセクラシックカーセンターは、
長年、輸入車に関わってきたヤナセに課せられた使命です。

ヤナセは1915年の会社創立以来、ビュイック、キャデラックの輸入販売を開始。
その後、1952年にメルセデス・ベンツからスタートし、
1953年にフォルクスワーゲン、1967年ににアウディの輸入販売を開始しました。
その後もボルボ、ルノー、サーブ、オペルなどのも手掛け、
各メーカーが日本法人を設立するまでの30年以上、
日本の輸入車の歴史をけん引してまいりました。
おかげ様でヤナセは2015年に創立100周年を迎えましたが、
ヤナセの歴史は日本における輸入車の歴史そのものとなっています。

YANASE History
ヤナセの歴史
YANASE
Volkswagen History
ヤナセとフォルクスワーゲンの歴史
High Grade Fair / 帝国ホテルにて(1991年)

ヤナセクラシックカーセンターは、ヤナセが扱ってきた車だけでなく、
往年の世界の名車を蘇らせます。
それは我々に課せられた使命であると考えるからです。
世界の自動車メーカーが認めたヤナセの技術とナレッジを活用し、
クラシックカーを復元いたします。

ヤナセ クラシックカー センターは車のある人生に共感する大人たちに、
憧れた車を手にする「よろこび」、愛車を走らせる「楽しさ」をご提供します。

私たちは、 『乗って楽しむクラシックカ―』をお届けします。

横浜ニューデポー(1992年)

YANASE’s Volkswagen History

日本におけるフォルクスワーゲンの歴史は、1952年に極東地域への販促プロモーションとして、ハインリッヒ・ノルトホフ社長が4台のフォルクスワーゲンとともに来日したことから始まります。
フォルクスワーゲンの名声はすでに日本でも知られており、4台は当時の梁瀬自動車芝浦工場(現在の株式会社ヤナセ本社)にも運ばれ、つぶさに観察されました。この販促プロモーションは好評で、ヤナセを含めて10数社がアプローチを試みました。当時のヤナセはアメリカのGM社との関係がありましたが、紆余曲折を経て契約を締結。

ビートル歴史イメージ

輸入第一号車は、1952年に販路開拓目的で来日したVolkswagen社のハインリッヒ・ノルトホフ社長一行が持ち込んだサンプルカー4台(ビートル スタンダード、ビートル デラックス、マイクロバス、コンビ)のうちの1台と言われているクルマです。当時、ビートルはひと足早く駐留軍人や各国大使館員などによって日本に持ち込まれており、その性能や品質は話題になっていました。それが功を奏し、Volkswagen社のプロモーションは大成功。10数社が名乗りを上げ、最終的にヤナセがその権利を獲得しました。

1953年1月16・17日、ヤナセは前記のサンプルカー4台を東京・日本橋で行なった展示会で公開。約6,000名の来場者と380件の注文があった、という記録が残っています。

ビートルイメージ01

同年、フォルクスワーゲンの販売を開始し、この年はタイプ1(通称ビートル)が105台、タイプ2(通称ワーゲンバス)が3台の合計108台のフォルクスワーゲンが輸入されました。
古いタイプ1はリアガラスの形状で識別されますが、ヤナセが輸入したタイプ1は後方視界を確保するためにセンターの柱が廃止された“オーバルウインドウ”以降のモデルになります。
1953年はまだ戦後8年目であり、当時の国家公務員の大卒初任給が7,650円。対して、スタンダードが74万円、デラックスが80万円とビートルは「高嶺の花」でしたが、この年は105台が販売されました。

ビートルイメージ02 ビートルイメージ03

展示されたビートルは、ドイツに戻ることなくそのままヤナセが保管。日本法規に適合させる改造が行なわれ、ナンバーを取得。実際に日本の道路で使用された後、塗装やバンパー交換など、ボディも修理されました。